つかさファクトリー

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懲りずにまたノート漫画を描いてしまった話

11ヵ月前、僕はある記事をはてなブログに投稿しました。

 

 

僕が6年間もノート漫画を描く事になってしまった理由、経緯、そしてその結末。

それら全てを綴ったのがこの記事でした。

全てを書き切ったつもりだったし、全てを吐き出したつもりでいました。

しかし悲しいかな、6年間の落描きを経て僕の体に染み付き馴染んでしまった創作意欲と言う毒は、決して僕の中から出ていかなかったのです。

 

や、そうは言っても流石にファイトマスターを描き終えた時は「もう1年位は絵は描かなくても良いかな!」なんて思ってたんですよ。

半年持ちませんでした。

2018年9月、僕はまたまたノート漫画を描き始めてしまいます。

 

「Training!」と言う漫画を。

 

何故トレーニング?と思う方もいると思います。

何を隠そうこの頃の僕は専門学校を卒業したは良いものの働く気力が無く、ただただ自宅を警備する毎日を送っていたのです。

そんな時に筋トレと出会った僕は、筋トレをする時に湧き出て来るインスピレーションを使って漫画描きてえな!と言う感情を抱く様になりました。

 

そしてもう1つ。

 

「折角の20歳なのに何も描かなくて良いのか!?」

という焦りが僕を突き動かしました。

 

きっと今しか描けない物があるから!と思い、中学生の時には「リアルアンパンマンを、高校生の時には「ファイトマスター」を描いてきた僕が、20歳と言う人生のターニングポイントにおいて何も描かないで良いのか!?

 

そんな事が許されるのだろうか!?

今こそ子供時代の、ノート漫画の総括をするべきでは無いのか!?

 

そして僕は、「Training!」と言う題名で、「子供時代(ノート漫画)の総括をする漫画」を描き始めました。

 

そうするとやっぱり思うんですよね。

「楽しい~~~~~~~~~~!!!!!」

と。

 

今までノート漫画に出したキャラを全員出す事を目標に描き始めたのですが、これがまあ楽しい事楽しい事。

「ああ、自分が8年間積み重ねて来た物が総括されて行く!統合されて行く!自分の手によって!!!」

その気持ち良さと言ったらもう感無量です。

あまりにも贅沢な時間でした。



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大人に反抗する為にノート漫画を描き始めた自分がいつの間にか大人になってしまっていた。

なら何を描くのか?何を祈るのか?

「Training!」は、ずっとそんな事を考えながら描いていた様な気がします。

 

「ノート漫画」と言う趣味を持ってしまった悲劇(もしくは喜劇)を総括し、終止符を打つ。

これが、僕が「Training!」で1番やりたかった事でした。

 

そして2019年4月10日、ノート漫画「Training!」は無事に完結出来ました。

 

既にニートから脱却し公的機関で非常勤職員として働き始めていた僕は、この日ようやく自分の中でノート漫画と言う趣味に終止符を打てた様な、そんな気がしました。

 

もちろん絵は描き続けたいと思っているし、絵を仕事にしたいと言う思いも消えていません。自分なんてまだまだです。

早くバイト代でちゃんとしたPCと液タブを買って、カッコいいレイアウトのカッコいい絵を沢山描きたいとも思っています。

就職先も早く決めたいし、履歴書も書いておこうかな、なんて。

 

だけど今は、7年間続けてきた趣味を総括し、終止符を打てた今だけは、少し自分を褒めてあげても良いかな、と思います。

 

本当によく頑張ったね。

 

(Training!)

「オールスターズメモリーズ」を観てきた

2018年10月29日、僕は映画館へ観に行くのが恥ずかしくてずっと敬遠して来たプリキュアの映画をついに始めて観に行きました。

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ふたりはプリキュア」が始まった時は小学一年生だった僕が今こうして20歳を迎えてプリキュア15周年の映画を見に来ていると言う事実だけで、映画を観る前から既にある種のカタルシスを感じていました。プリキュアと一緒に大人になれたんだ。俺は。

 

 

 

結論から言うと、HUGっと!プリキュアふたりはプリキュア  オールスターズメモリーズ」プリキュアに関する想い出が少しでもある人には是非見て欲しい映画でした。

何故なら本作(以下「映画HUG」)は、今までプリキュアに注いだ時間と感情が報われる、そんな映画だったからです。

プリキュアが好きな人、好きだった人、好きかもしれない人、全員劇場でこの映画と出会って欲しい。

そして是非この「祭り」「体感」して欲しいのです。

 

 

 

「キラキラ大切な想い出が、皆が、私を支えてくれてる!だから、何があっても踏ん張れる!踏ん張ってみせる!!」

 

 

 

プリキュアは、死なない

映画HUGでは、使われないまま壊れてしまったカメラの幽霊「ミデン」が、プリキュア達の想い出を奪い取り自分だけの物にしてしまいます。

その結果、想い出を奪われたプリキュア達は赤ちゃんになってしまいました。f:id:inoue1456:20181103102744j:imagef:id:inoue1456:20181103102736j:image

 

 

映画の中盤で、ハリーは赤ちゃんになってしまったプリキュア達を元の姿に戻す方法を一生懸命考えます。

赤ちゃんになってしまったプリキュア達は、大切な人から想い出を分けてもらう事で復活出来ます。しかし、未来から来たハリーとはぐたんにはプリキュア達全員との想い出が無いのです。

 

万事休す!と思ったその時、はぐたんがいきなり第四の壁を叩き始めました。

下手なホラー映画見てる時よりもビクッとしてしまいました。

 

「そうか!まだ君達がいた!」

ハリーが叫びます。

「おーい!映画を見に来てくれてる皆!皆はどのプリキュアが好きや?キュアエールか?キュアアンジュか?プリキュアはたっくさんたっくさんおるで!テレビの前で感じた事を、格好良いと思った所を、好きだった場面を、ミラクルライトに込めてプリキュアに伝えて欲しいんや!1人じゃなくてええ。今まで好きだったプリキュアの名前、全部呼んだってくれ!!」

 

 

俺はね、俺は、Goプリの変身シーンが大好きで、みらいとリコとはーちゃんが大好きで、49話が大好きで、キュアエールとキュアマシェリが大好きで、辛い時も苦しい時もなりたい自分になろうと努力する皆が大好きで、憧れてるんだよ。毎週プリキュアを見るのが本当に楽しみで、皆幸せになって欲しくて、願って、望んで、それで今ね、今…………

 

 

プリキュアの世界とコミュニケーション出来てる!!!!

 

プリキュアの世界と繋がれた!!!!!

 

 

「フレ!!フレ!!プリキュア!!!!

 

 

「慰霊祭」としての映画HUG

映画HUGの本質は、かなり「鎮魂」に近い物がありました。

鎮魂とはつまり、死者への誠意であり、同時に、今を生きる者へ送る祝福でもある訳です。

 

ミデンはプリキュア達から奪った想い出を集める事で、空っぽな自分の想い出を満たそうとします。

プリキュア達はミデンに対して少なからず敵意を覚えていましたが、野乃はなだけは、キュアエールだけは最後までミデンを見捨てようとはしませんでした。

映画HUGとは、キュアエールになるに至るまでの野乃はなの過去ありきの物語です。

 

 


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「私の中から出ていけ!」
「嫌、私は話したいの!ちゃんと話してくれるまで、出ていかないから!」

 

不条理な事や理不尽な事を経験して心の中が空っぽになってしまう事や、世界や隣人や運命を呪ってしまいたくなる事は、現実でもしばしばあります。

そんな時、僕達の変わりに不条理や理不尽と戦ってくれるのがプリキュアです。

 

プリキュアは、何時だって今を生きる僕達の希望になってくれる存在なのです。


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「ようし!皆行くよ!」

 

 

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プリキュアが15年間育んできた全ての感謝、想い出、オールスターズメモリーズの力が劇場の画面を所狭しと駆け巡る様子は本当に夢の様な瞬間で、ミラクルライトが観客と映画を繋いでくれた瞬間だったからこそ、皆の想い出の力で戦い動き回るプリキュア達の姿からは説得力と生命力を感じました。

 

 

 


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プリキュアは変わって行く。プリキュア以外の物も変わって行く。

それでも、だからこそ、プリキュアに輝く未来を抱きしめて欲しい。

ありがとう。大好きだよ。これからもよろしくね。

 

過去を肯定し、未来を抱きしめる。

映画HUGは、プリキュア達の祭り」なのです。

 

 

「美味しい物食べたり、買い物行ったり、はぐたんのお世話したり、ピクニック行ったり、泣いたり、笑ったり、怒ったり、驚いたり、キラッキラの眩しい想い出、今からたっくさん作ろ!」

 

 

プリキュアは生きている

プリキュアは、おそらくこれからも時代と共に様々な変化を遂げて行くんだと思います。

時にその変化に迎合出来ず、裏切られた気持ちになる事や失望する事もあるのかもしれません。

 

しかし、それでも良いのです。

生きる事は変わる事なのですから。

プリキュアは心の中で生きているのです。きっと。

 

 

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「君の未来は明るいぞ~!」

 

 

 

 

 

 

プリキュアへ。

傷ついて、失敗して、後悔して、それでも生きる事は素晴らしい事なんだって、大人になる事は素晴らしい事なんだって、教えてくれてありがとう。

人はいつだって、誰だって、自分の意思で変わる事が出来るんだって、教えてくれてありがとう。

この世界は残酷で、どうにもならない事も時にはあるけれど、それでも何度でも立ち上がって、叫んで、祈って、戦ってくれてありがとう。

 

ずっとずっと大好きだよ。
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ノート漫画の魔力

こんにちはすこやかツカサです。

好きなVtuber輝夜月です。

 

僕は中学時代ノートに落描きするのが大好きで、暇さえあれば授業中ずっとノートに落描きをして友達に見せている様な、所謂人生舐めてる側の生徒でした。

中学二年生の時点でノートだけでは飽き足らず、百均で買ったメモ帳に絵を描き始めたりもしてました。人生舐めてる人間は手に負えないですね。

 

授業中にノートに落描きをする事は、この頃の僕にとって「大人達への反抗」であり、精一杯の「存在証明」だったのです。嗚呼中学生。

 

 

そんなある日、僕は学校に漫画を持ち込んだのが先生にバレてしまい、没収されてしまいました。

没収された漫画はコンビニで買ったRAVEの廉価版コミックスでした。とほほ。

この場合悪いのは完全に漫画を学校に持ち込んだ僕です。僕もそれは分かってました。分かってはいましたが、大切な物を大人に無理矢理奪われた子供の恨みは強い物で、簡単に消える事はありませんでした。酷い逆恨みです。

そして僕はある事を考えつきます。

 

「漫画をそのまま持ち込んで没収されるのなら、自分でノートに漫画を描いちゃえば良いんじゃないか!」

 

いやそこは反省して勉強しろよ。

思い立ったが吉日、さっそく新品のノートに描き始めました。リアルアンパンマンを。

 

 「あれ?楽しいぞ?

 

計算外でした。

「ノートに漫画を全力で描く」と言う事がこんなに楽しいとは思ってもみなかった僕は、その楽しさにどんどんのめり込んで行きました。

 

 

ノートに漫画を描く楽しさに取り憑かれた僕は、授業中でもお構い無しにどんどん漫画を描き進めて行きました。

気付けば落描きに対して持っていた「大人達への反抗」「存在証明」と言う矜持は薄れ、「この漫画を完結させれば少なくとも自分の生きた証にはなるのでは?」と言う崇高な思いさえ生まれ初めていました。

それは今まで感じた事の無い、熱い熱い気持ちでした。

 

いや、やってる事は結局悪い事なんですけどね。

 


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義務教育を終える前に、小学生の頃からしてきたノートの落描きの集大成を形にして残しておきたかったんです。

中学卒業までにリアルアンパンマンを完結させると言う目標の元1人で頑張り続けた結果、中3の春休みに無事リアルアンパンマンは完結する事が出来ました。全8巻でした。

高校受験は無事滑り止めに合格することが出来ました。

 

嗚呼…中学生…

 

 

僕はこの時点で「もう二度とノート漫画は描かない」と心に誓っていました。さながら連載を終えた漫画家の様な気分でした。

 

 

 

 

高校に入学して初めての夏休み、友達と会話してた時の事です。

 

「絵上手いんならなんかノートに漫画描いてよ。」

「あー良いっすよ。タイトルどうする?」

「何かかっこいい漫画のタイトル無いかなあ」

「うーん」

「ファイトマスターとか?」

「ファイトマスター…」

 

僕はノート漫画を再び描き始めました。

タイトルはファイトマスターです。ダサすぎ。

 

高校に入ってから病んでしまっていたせいで自分でも驚くほど絵を描かなくなっていたので、「まあ心のリハビリ程度に描くか…」位の気持ちで描き始めました。

 

しかし人間1回病んでしまうとこれがもう病む前には戻れなくて、色々ストレスが重なった結果、僕はいつの間にか現実逃避の為にノート漫画を描く様になっていました。なので結果的にファイトマスターは徐々に病んだ話になって行きました。

 

この時Twitterに恥ずかしい病みポエムとか投稿しなかっただけまだ良かったなと思います。よく耐えた。

 

結局高校卒業の時期になってもファイトマスターは完結出来ず、「もうこれ打ち切りでいいんじゃないかな」と言う思いがずっと脳裏をよぎり続けていました。

 

だってもともと褒められた事をしてる訳じゃないし、自分を慰めるための自己満足の塊の様な漫画だし、後から見返しても恥ずかしくなるだけだし、って言うかそもそも何でたかが落描きにこんな熱くなってんだろ…

 

気付けばファイトマスターは自分の中で完全に「黒歴史」になっていました。

友達に落描きを見せる事も無くなっていました。

 

大学はほぼ「東京に行きたい(地元から逃げたい)」と言う理由だけでデザインの専門学校を選び、そこでようやく初めてデッサンを習いました。

しかし途中のまま完結してないノート漫画の存在は、僕の心の中からずっと消えませんでした。

 

 

 

 

あ、そうか。

 

 

 

 

僕は気付きました。

大人達への反抗のつもりで描き始めたノート漫画は、いつの間にか僕にとって、自分との戦いになっていたんだと。

 

褒められた事ではないとしても、自己満足の塊だとしても、後から見て恥ずかしくなるとしても。

 

完結はさせよう。

 

ゆっくりでも丁寧に、自分の思いを全部ぶちまけて、最高の黒歴史を作ってやれば良いんだ。

 

 

 

 

 

そんなかんだで2017年の夏、ファイトマスターは完結しました。

ちゃんと自分なりのハッピーエンドです。

 

 

しかしそれでも描き足りないと思ったので、オマケをもう1冊、半年かけて描きました。(専門の卒業制作と重なってしまった為)

 

気付けば僕はノート漫画を2011年から2018年までの間、7年間も描き続けていました。

合計キャンパスノート19冊分、ものすごい量の黒歴史を生産してしまいました。

 

でも僕は確かに自分との勝負に勝ったんです。

ファイトマスターを完結出来た瞬間、ずっと人生を舐めきってたこんな自分の人生を、少しだけ肯定出来た気がしました。

 

 

それは今まで感じた事の無い、暖かくて、爽やかな気持ちでした。

 

(リアルアンパンマン)

 

(ファイトマスター)

 

 

続編です↓

 

 

 

おしまい。